取り組んだ問題:若年認知症患者は、自分が仲間や社会に貢献できないことに苦しんでいる |
藤本直規医師は1999年4月に滋賀県守山町に「物忘れクリニック」を設立し、看護師の奥山典子さんと一緒に認知症デイサービス「もの忘れカフェ」を立ち上げた。また、設立当初は、通常のデイサービスのように、1日のプログラムはあらかじめ決めて取り組んでいたが、1年ほどたってそれを取り払い、利用者の自由な選択に任せることにした。こうして高齢者、若年のデイサービスとともに、「その日何をして過ごすか、自分たちで決める」というコンセプトがより前面に打ち出された。 |
若年の認知症や軽度認知症の患者たちが数多く受診しにくるが、いずれも行く先がないという悩みを訴えていた。藤本医師は50代のある患者にここはやりたいことがやれる楽しい場所だから遊びに来るつもりで通ってみてはどうかと誘ったところ、次のような心情が吐露されたという。
「あんたは仕事してるやん。同僚も働いている。妻も働いている。どんどん忘れてしまう自分には、それができんのに、楽しいから遊びに来いと言われて、喜んでこれると思うか。仕事が無理ならボランティアでもいい。何か忘れないようなては無いんか。」
若年患者の声を纏めると、
押し付けられるのではなく、自分でやりたいことをやり遂げられること。
物忘れをともに戦う仲間を求めていること。
社会の一員として、自分に出来ることで貢献すること。
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解決のためのユニークな方法:活動を自分たちで決め、役割分担する |
そのころ階下の事務所が開いたので、そこを借り受け若年認知症と軽度認知症の患者12名の活動の場とすることを考えた。
「買い物に行こう。探しに行こう。たたみは貰いましたよ。 冷蔵庫は運びますから手伝ってください。そんな風にそれぞれがいろいろなことをして、必要なものを用意しました。そうやって「物忘れカフェ」が始まりました。
このとき、予定を立てないまま活動を自分たちで決め、役割を分担しながら行動した。必要なもののリストを作らなくてはならない。買い物をするためにはお金の計算をしなくてはならない。そうやって自分たちの居場所を作り上げたのだが、このときの達成感は、とても大きなものがあったという。 |
この延長上で、プログラムを自分たちで考え、一日をどう過ごすかを自分で決める、というコンセプトとが更に発展した。それが「もの忘れカフェ」の始まりだった。
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実行上の問題点の解決:メモリー・エイド |
認知症は進行する疾患である。「もの忘れカフェ」にあってもこの難問に直面する。
「もの忘れクリニック」の待合室に入ると棚の箱の中に雑巾が入れてあり、壁の大きな紙にシールが貼られている。そこには「私たちが作った雑巾を貰ってくださると励みになります。お持ち帰りの方は記念に台紙に一枚のシールを貼ってください」と書かれている。
雑巾はデイサービスの利用者たちが作ったもので、貼り紙は、自分たちの活動を確認するためのメモリーエード(記憶の補助具)の役割を持つという。これがあれば雑巾つくりをしたことを忘れてしまっても、思い出す手がかりになる。
ある利用者は、ホットケーキづくりを始めると、ミックス粉に卵を入れてかき混ぜているうちに、自分が何をしていたかを分からなくなる。スタッフが目の前に用意した「ホットケーキ」と書いた文字カードを示すと、ホットケーキづくりをしていたのだと思い起こし、作業を再開する。何故メモリーエードが重要なのか。 |
いま自分が行っていることは何であり、何のためにこれをやっているのかを理解したうえで一つの活動を行いやり遂げる。このことは、訳も分からないままに、「やらされている活動」とは、やり終えたときの達成感が全く異なる。
達成感や成就感は日々の実感を創る。その積み重ねは生きていく意欲や自己肯定感となり何かを成し遂げてみようというエネルギーへとつながっていく。おそらくそのエネルギーをどれだけ心に蓄えることが出来るかが、認知症の進行に決して小さくない影響を与えるだろうことは推測できる。
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成果 |
カフェの会話のようにもの忘れを語り合う。それが「もの忘れカフェ」の由来であるが、語り合うこと、丁寧に聞き取ること、その上で取り組まれる自主的で自律的な活動、これらを支えているのは、仲間や家族、医師や看護師などのスタッフとの強い信頼関係である。 |
「認知症になったことはあきらめるが、これからの人生はあきらめない」藤本医師の著書に書きとめられた、ある利用者の言葉である。
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